「ケトジェニック(ketogenic)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
糖質制限ブームの波に乗って、糖質の代わりに自分の体脂肪をエネルギーとして燃やす「ケトン体ダイエット」がメディアで紹介されるようになりましたが、そのケトン体ダイエットとほぼ同じ意味です。
この記事では「ケトジェニックダイエット」によって減量に至るプロセスや、食事法、ダイエットへの有効性に関する研究結果などをご紹介します。
ケトジェニックダイエットとは
一言でいうと、低糖質で脂質をたっぷりと摂る食事法です。
最近の糖質制限ブームでメディアに取り上げられるようになりましたが、もともとは特定の疾患の治療として数百年の歴史があります。
19世紀には、ケトジェニックダイエットは糖尿病の治療に活用されていました。
1920年には、脳疾患である「てんかん」の子供で、薬での治療が難しい場合の有効な治療策としてケトジェニックダイエットが適用されていました。また、ガン、糖尿病、多嚢胞性卵巣症候群、アルツハイマー病などにも効果が期待され、研究が進められています。
それが近年、糖質制限・低糖質によるダイエットブームの影響もあり、減量方法として注目され始めています。
もともとの糖質制限ダイエットは1970年代に提唱された、アトキンス・ダイエット(Atkins diet)から始まりました。このダイエットは、炭水化物の摂取を抑え、タンパク質をしっかり食べるものです。
ケトジェニックダイエットがこれらの食事法と異なるのは、大抵1日の摂取カロリーの70~80%程度を脂質から摂取する点、タンパク質の摂取はほどほどにとどめる点です。
どうやって機能するか
ケトジェニックダイエットが減量に作用するのは、体内に蓄積された糖(グルコース)を使い切ってしまうことがポイントとなります。
ファスティング(断食)をしていたり、食事から得られる糖質が非常に少ない場合、体は最初に、肝臓に貯蓄された糖分のグルコースを放出します。この状態が3-4日間続くと、グルコースの貯蓄は完全に底を突き、血液中の糖を体内に運んで血糖値を下げるホルモン「インスリン」の値が下がります。そして体が体脂肪をエネルギー源として使うように切り替わります。
ケトン体が主要なエネルギーとなっている状態を「ケトーシス」と呼びます。健康的な人は、ファスティング(断食)や負荷の高い運動によってゆるやかなケトーシス状態となることがあります。
血液中のケトン体量が増加しすぎると、「ケトアシドーシス(ketoacidosis)」と呼ばれる危険な状態となることがあります。このケトアシドーシスは脳がケトン体をエネルギーとして使っていたり、インスリンの働きで必要以上のケトン体の生成が抑えられている以上、この状態に陥る心配はありません。
ケトーシスに至るまでの期間は人によって様々です。また、体脂肪率や生活習慣等によっても異なります。
ケトアシドーシスとは
血液中のケトン体が過剰になると、血液の酸が体に害を及ぼすレベルまで上昇してしまうことがあります。この状態をケトアシドーシスといい、肝臓がケトン体を水分として尿と一緒に対外に排出し始めます。そのため水分量が減ることで体重が減ります。
ケトアシドーシスは1型糖尿病患者の方で起こる場合が多いです。その背景には、1型糖尿病患者の方はインスリンを作ることができないことがあります。インスリンは血糖値を下げる役割の他に、ケトン体の過剰な生成を抑える働きがあるためです。ごく稀に、低糖質ダイエットを続けたことで、糖尿病患者以外の人でもケトアシドーシスとなった事例が確認されています。
食事法
ケトジェニックダイエットの食事は、一般的に1日あたりの糖質摂取量を50グラム以下に制限するものです。(厳しい場合は20グラム以下)
2,000キロカロリーを基準とした場合、脂質は165グラム、タンパク質は75グラム、炭水化物は40グラム程度です。
他の低糖質ダイエットにあるような高タンパクの食事はケトジェニックダイエットでは推奨されていません。過剰にタンパク質を摂取することで体内に糖に分解され、ケトン体をエネルギーとするケトーシス状態ではなくなってしまうからです。
ケトジェニックダイエットにおすすめの食品
ケトジェニックダイエットには様々な種類が存在していますが、推奨されている食品をご紹介します。
- カカオバター、動物性の脂質、植物性油脂(オリーブオイル、ココナッツオイル等)
- アボカド、ナッツ(マカダミア、くるみ、アーモンド、ピーカン等)、種(ひまわり、かぼちゃ、ごま等)などの脂質の多い食品
- バター、チーズ(乳製品に含まれる糖質であるラクトースの含有量が少ないもの)
- ケール、ほうれん草、レタスなどの葉物野菜、カリフラワー、ブロッコリー、アスパラガス、ピーマン、玉ねぎ、きのこ、きゅうり、にんにく、セロリ、ズッキーニ等、でんぷん質の少ない野菜
- ベリーのような糖質の少ないフルーツ少量
- カカオ90%以上のチョコレート、ココアパウダー、ブラックコーヒー・紅茶
ケトジェニックダイエットに向かない食品
避けた方が良い食品は以下のようなものです。
- 小麦粉を使った食品(パンや麺など)、砂糖が添加された食品や飲み物、でんぷん質が多い野菜(じゃがいも、とうもろこし等)
- フルーツジュース
- ワイン、ビール、甘いカクテル等のアルコール飲料
ケトジェニックダイエットに関する研究結果
ケトジェニックダイエットは、短期的にはポジティブな体質変化をもたらすとされています。
痩せることに加えて、インスリン抵抗性、高血圧、コレステロール、中性脂肪などの値に改善が見られることもわかっています。また、2型糖尿病の治療への活用も検討が進んでいます。
摂取カロリーを「脂質70-80%、タンパク質10-20%、糖質5-10%」という特定の割合とした、いわゆる”ケトジェニックダイエット”とされている食事による研究結果に限定した研究結果を以下にご紹介します。
研究1: 低脂質ダイエットとの比較
太り過ぎ及び肥満の患者を対象とした13の研究結果のメタアナリシス(複数の研究結果を総括して研究対象とする調査・分析手法)では、調査対象者を低脂質、もしくは低糖質のケトジェニックダイエットを実践するグループに分け、1-2年間に渡り経過観察を行いました。
その結果、1年後には、ケトジェニックダイエットを実践したグループでは、低脂質ダイエットのグループに比べ、体重、中性脂肪、血圧が改善しました。この2つのグループで確認された体重変化の差は1kg程度でした。
この減量幅は、2年目になると顕著な差は確認されませんでした。
研究2: ケトジェニックの減量+副次的効果の検証
39人の肥満の成人を対象に実施した調査では、8週間に渡りケトジェニックダイエットを実践しました。
その結果、平均13%の体重減少、体脂肪率、インスリン、血圧の改善、ウエストとヒップの周囲の低下が見られました。調査期間中にケトーシス状態だった時は、被験者の中で、グレリンと呼ばれる食欲増進ホルモンは低下が見られ、食欲も抑えられていました。
しかし、調査終了後にはグレリンの値が増加し、食欲も増進された、との調査結果が明らかになっています。
研究3: ケトジェニックダイエットの減量効果+その後の体重維持
89人の成人を対象とした研究結果もご紹介します。
この研究では、最初の6か月では、カロリーを抑えた非常に厳しい糖質制限を行うケトジェニックダイエットを実施し、その後6か月ではカロリー制限をしない地中海食(オリーブオイル、ナッツ、魚などを中心とした食事)をし、合計1年に渡り体重変化を調べたものです。
最初の半年で行ったケトジェニックダイエットは、1日の摂取カロリーを980キロカロリーに抑え、12%を炭水化物、36%をタンパク質、52%を脂質から摂取するように食事が組まれました。
残りの半年で行った地中海食では、カロリーは1,800キロカロリーに増え、炭水化物が58%に増加、タンパク質は15%と約半分に減少、27%を脂質から摂取するものでした。
調査参加者の88%がこの食事法を忠実に実施しています。
この結果から、カロリー分配はケトジェニックダイエットと若干異なるものの、短期的にケトジェニックダイエットで体重を落とした後は、その維持には炭水化物をとっても体重増加にはあまり影響しないことがわかります。
この3つの研究結果から、ケトジェニックダイエットには減量効果はあるといえるものの、長期的に見ると、炭水化物を摂取した場合との大きな差は確認できないようです。そのため、ダイエット方法としてケトジェニックダイエットが絶対的な唯一無二の有効な方法とも言えないことがわかります。
リスク
ここまで良い点を中心に紹介してきましたが、ケトジェニックダイエットにはリスクがあることも事実です。
短期的には、イライラや頭痛、便秘、集中力の低下などが発生することがあります。これらは糖質制限の副作用として見られる症状です。水分補給や塩分の補給などによって症状の緩和が見込めます。また、これらの症状は数日から数週間経てばなくなる場合がほとんどです。
以前別の記事で、糖質制限による副作用について紹介していますので、合わせてご参照ください。
ケトジェニックダイエットを長期的に実施することによるリスクも懸念されています。例えば、肝臓結石、骨粗しょう症、痛風の原因となり得る尿酸の増加などです。
高脂質の食品に偏り、日頃食べる食品の種類が減ることによる栄養バランスの崩れにも気をつける必要があります。
まだ明らかになっていないこと
以下のような課題に対しては、答えとなるような信頼性の高い研究結果は今のところ確認されていません。そのため、安全性について問題ないと証明されていると断言ができない状態です。
- 1年以上の長期的な効果、安全性に対する課題はあるか
- 持病がある方や高齢者でも実践して問題ないのか
- 飽和脂肪酸、不飽和脂肪酸等の脂質の種類によって長期的な健康効果は異なるのか
- 肝臓や腎臓に疾患がある方にはケトジェニックダイエットは安全なのか
- 妊娠期間中、授乳中の母親や子供、成長期の青少年には適切なのか
まとめ
ケトジェニックダイエットのダイエット効果に関する信頼性の高い研究結果はまだ多くありません。これまでなされてきた研究は、調査対象のサンプル数が少ない、調査期間が12週間以内の比較的短期間である、コントロールグループがない、といった、調査の信頼性を担保するのに十分な条件が揃っていないものが主なものです。
もし疾患をお持ちでケトジェニックダイエットを実践される場合は、必ず医師や栄養士に相談してから実践するようにしてください。
健康な方でも、実践される時は、自分の体調変化に敏感になって観察して見てください。
この情報が少しでもお役に立てていますように!
(出典)
Harvard T.H. Chan School of Public Health, “Diet Review: Ketogenic Diet for Weight Loss”
(出典の出典)
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